
大學潤
Daigaku Jun
はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師
(国家資格)
はじめまして。
大學 潤です。
女性として生を受けた私達。
幾度も変化し続ける女性の一生。
自分だけでは解消できない悩み、
他人には言えない悩み、
涙も苦しみも、私自身も知っています。
だからこそ、
過去の私が欲しかった場所、
そして現在の私自身にとっても理想の場所として、「鍼灸院くるみ堂」を作りました。
この場所は、女性と小児専門の鍼灸院として2024年に開院した、私の想いが詰まった治療院です。
開院当初から大切にしてきたのは、「本当の あなたらしさ を引き出すこと」。
私の本音としては、
あなたの現在のビジュや、体調、状態を整えることだけを目的に施術している訳では無いんです。
自分を好きになれること。
自信が持てること。
自分自身が整えば、行動も言葉も変わります。
もっと自分も周囲も愛せます。
未来に少しずつ希望が持てるようになる。
小さな輝きでも集めたら、眩しいくらいの光になります。
輝きを忘れて暗かった時だってありました、私だって。
だから今、私はあなたの人生に、未来に、光を灯したいと思っています。
この場所で、この手で、この鍼で。
今日もこの場所で、私があなたをお待ちしています。
きっと私は、ずっと昔から、この場所をつくるために歩いてきた。
あなたのように、そして、あの頃の私のように。
未来に、もう一度ときめける場所を。
その想いが、鍼灸院くるみ堂です。
よろしければ、その始まりの物語もご覧ください。
【真面目ちゃん】
私は宮城県塩竈市生まれ、塩竈育ち。
4人姉弟の3番目として育ちました。
決して裕福な家庭ではなかったけれど、
母からは役割を与えられ、
家の手伝いをするのが当たり前の毎日。
性格は
“THE、真面目ちゃん”
勉強は中の中。
いや、嘘。赤点取ったことある(笑)
高校生まで続けたバスケットボールも
大して上手じゃなかった。
ただ、真面目だった。
周りからどう見られるかを気にして、
期待に応えようとして。
当時の私は、
いつの間にか自分の本心を隠すように生きていた。


【好きの原点】
そんな私にも、
ひとつだけ自慢できるものがありました。
それは肌です。
姉が使っていたパステルカラーの化粧水。
そのかわいらしい見た目に惹かれたことがきっかけで、美容に興味を持つようになりました。
自分なりの肌の手入れをすることが楽しく、肌は私の数少ない自信でもありました。
写真は中学時代の私。
これ、フィルムカメラで撮った写真なのよ。
自分でも惚れ惚れするお肌ね♡笑
気づけば、人の肌を見ることも好きになっていました。
そしてもうひとつ。
人に触れることも好きだった。
肩を揉んであげたり、
マッサージをして喜んでもらえたり。
「気持ちよかった」
「楽になった」
そんな言葉が嬉しかった。
美容への興味と、
人に触れて喜んでもらえる喜び。
その二つが重なり、
高校卒業後は、温泉街のホテルでエステティシャンとして働き始めました。
【未来のための決断】
足つぼ、もみほぐし、フェイシャル、オイルトリートメント。
お客様の身体に触れ、力が抜けていく瞬間を見るたびに、この仕事にやりがいを感じていました。
けれど同時に、
自分の知識や技術不足も実は痛感していました。
研修期間は5日間。
それをクリアすれば、現場に出される。
ぶっちゃけ誰でもできる、明日からでもなれる、そんな世界でした。
だからこそ、私は、もっと深く身体を知りたい。
もっと根元から人を支えられるようになりたい。
そう決心し、私は約二年間かけて学費を貯め、当時の赤門鍼灸柔道専門学校「鍼灸指圧科」へ進学しました。


【東洋医学との出会い】
マッサージを学びたくて入った学校でしたが、そこで私は「東洋医学」という神秘の世界に出会います。
“自然も、心も、身体も、全ては繋がっている。”
その考え方は、私の感覚と深く重なりました。
あぁ、エステで勤務していたときの、お客様のあの症状はこういうことだったのか。
逆に、だからあの手技は効いていたのか。
と、答え合わせをする毎日。
解剖学、生理学、経絡、東洋医学。
学べば学ぶほど、人の身体の神秘性に魅了されていきました。
【私が本当にやりたかったこと】
そんな中、一枚のチラシが目に留まります。
「親子スキンタッチ」
そこは、子育て支援をしたいと考える鍼灸師で構成された団体の活動でした。
講習会に参加した際、先生がこんな言葉を話してくれました。
「子どもを笑顔にすることは、お母さんを助けること」
私は、その言葉に強く心を動かされました。
実は、エステティシャン時代のお客様で忘れられない方がいます。
お子さんをご家族に預け、ようやく一人の時間をつくって施術を受けに来られた女性でした。
施術用のチェアに深く身体を預け、大きなため息をついたその姿が今でも忘れられません。
家族のために頑張り、
子どものために頑張り、
気づけば自分のことは後回し。
そんな女性を元気にしたい。
心にも身体にも余裕を取り戻してほしい。
振り返ると、私はずっとそう思っていたのかもしれません。
だからこそ、
「子どもを笑顔にすることは、お母さんを助けること」
という言葉が、まっすぐ心に届いたのでした。
その後、私はスキンタッチや小児はりを学び始めます。
けれど、本当に学びたかったのは技術だけではありません。
女性が笑顔で生きられるよう、お手伝いをすること。
それが、今につながっています。


【人生に触れる】
鍼灸学校を卒業後、結婚。
無事、「はり師」「きゅう師」「あん摩マッサージ指圧師」の3つの国家資格も取得。
その後は、訪問マッサージの仕事に携わることになりました。
利用者さんのご自宅や施設を訪ねる日々。
そこで私は、高齢者の身体や肌に数多く触れることになります。同じ年齢を重ねても、
肌の艶がある人。
背筋が伸びている人。
表情が生き生きとしている人。
反対に、身体だけでなく心まで縮こまってしまったように見える人。
その違いは何なのだろう。
どんな人生を歩んできたのだろう。
私は自然と、そんなことを考えるようになりました。
人の人生に触れることは、
自分の未来を覗かせてもらうことでもありました。
どう生きるのか。
どんな歳の重ね方をしたいのか。
訪問マッサージの現場は、私に多くのことを教えてくれました。
【母になって知ったこと】
そして、私は妊娠・出産を経験します。
新しい命が宿ったと知った時は、本当に嬉しかった。
けれど、妊娠も出産も、私が想像していたものとは全く違いました。
つわり期間は、まさに地獄。
身体は思うように動かず、毎日を生きるだけで精一杯。
そして産後。
身体に大きな負担を抱えながら、休む間もなく始まる育児。
気づけば毎日のように泣いていました。
泣いて、
泣いて、
泣き続けて、
ある日、鏡を見た時。
そこには私の知らない誰かが映っていました。
誰?本当に私?
私は心の中で叫びました。
「化け物だ」
(写真は当時のイメージ写真ですが、これよりも酷かったです(笑))
妊娠や出産は幸せな出来事です。
でも、それだけではありませんでした。
赤ちゃんのお世話は教えてもらえる。
けれど、
「誰か私の身体を気にしてくれる人はいないのかな。」
そんな思いを抱えていました。


【忘れられない経験】
訪問マッサージの会社を退職し、
私は、やりたかったことを形にするために「くるみ堂」を開業しました。
開業から一年半ほどが経った頃。
女性の一生に寄り添える鍼灸師になりたいと思い、妊活について学び始めました。
そんな中、私は流産を経験します。
妊娠12週を前に、お腹の中の赤ちゃんに大きな病気があることが分かりました。
元気に動いていた赤ちゃんと、お別れをしなければなりませんでした。
現実って残酷ですよね。
写真は、その時の赤ちゃんの写真です。
気持ちだけではどうにもならないことがある。
頑張るだけでは乗り越えられないことがある。
私は身をもって知りました。
だから私は、「分かります」と簡単には言えません。
妊娠も。
出産も。
流産も。
その時の状況も、感じ方も、抱える想いも、一人ひとり違うから。
ただ、その人の声に耳を傾け続けたいと思っています。
あの頃の私がいてほしかった存在になるために。
【美容鍼との出会い】
今ではくるみ堂の看板メニューとなっている“美容鍼”。
始めたきっかけは、くるみ堂に通ってくださっていたお客様からの一言でした。
「先生、たるみをどうにかしてほしい」
当時の私は、ローラー鍼など皮膚へアプローチする方法を提案していました。肌のハリや質感には変化が出ます。
けれど、私の中ではどこか物足りなさが残っていました。
たるみの原因は皮膚だけではない。
土台となる筋肉へアプローチしなければ、大きな変化は難しいのではないか。
そう考えるようになりました。
そこで思い出したのが、専門学校の同級生。
東京で一人で鍼灸サロンを営んでいる、ニューハーフ鍼灸師。
ハリロイヤルトーキョーの駒澤鞘さんです。
私は何度もDMを送り、学ばせていただきました。
そして、20ヶ所以上に鍼を刺し、電気を流す美容鍼をくるみ堂へ導入しました。
実際に施術してみると、一回でも変化が分かりました。
でも、私が心を動かされたのは顔の変化だけではありません。
鏡を見たとき、表情が変わる。
帰る頃には声まで変わっている。
私は、その姿に心を奪われました。
誰かのお母さんでもなく、妻でもなく、役職や立場関係なく、
一人の女性としての自分を思い出す、その時間。
そして
女性が自信を取り戻す。
自分自身を、もう一度大切にしようと思える。
普段は家族を優先し、自分のことは後回し。
そんな女性たちが、自分のために時間とお金を使う決意をして、くるみ堂へ来てくださる。
そして施術後、少し背筋を伸ばし、晴れやかな表情で帰っていく。
私は美容鍼を通して、
顔だけではなく、その人らしさを取り戻すお手伝いができるのかもしれないと思いました。


【今のくるみ堂】
美容鍼との出会いは、
私がくるみ堂でやりたいことを、よりはっきりとさせてくれました。
私は、女性の美しさを育てたい。
一度きりの変化ではなく、
今日より明日。
今年より来年。
歳を重ねることを、怖がるのではなく、
これからの自分を楽しみにできるような美容を届けたい。
肌も、顔も、身体も。
その人がこれまで積み重ねてきた時間も。
全部ひっくるめて、その人の美しさだと思うから。
若い頃に戻るためではありません。
これから先の自分を、もっと好きになるために。
私は鍼灸師として、
美容鍼と肌管理を通して、
女性が本来持つ美しさを育てていきたい。
今日の決断が、未来のあなたをつくる。
積み重ねた美しさは、裏切らない。
鍼灸院くるみ堂は、
本来の美しさを、育てる場所です。
もう一度、自分にときめこう。
